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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4894号 判決 1968年11月28日

原告

真城二郎

被告

カネ幸運輸有限会社

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨及びこれに対する答弁)

原告は、「被告は原告に対し、金一、〇三〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年九月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

(請求原因)

一、被告は大型貨物自動車愛一い四五三六号(以下本件事故車と称する)を所有し、訴外大島進を雇傭してこれを運転させていた。

二、訴外真城敏夫(当時一七才)は、昭和四一年一〇月一八日午後七時一〇分頃、大阪市城東区関目町二丁目二五番地先交差点において、訴外長谷茂の運転する訴外日本タクシー株式会社の普通乗用自動車大阪五あ五六八二(以下訴外日本タクシーと称する)と接触し転倒したところを事故車の右後車輪で轢過され、よつて、同月二三日死亡した。

三、よつて、被告は事故車の運行供用者として、亡敏夫の実父である原告が右事故により被つた損害を賠償すべき義務がある。

四、原告が被つた損害は次のとおりである。

(1)  治療費

亡敏夫が本件事故により受けた傷害の治療のため死亡時までに要した治療費は金三五一、八〇〇円であるが、同人の相続人はその実母たる訴外福沢清子と実父である原告の二名であるので、原告は法定相続分に従い右金員の二分の一にあたる金一七五、九〇〇円の賠償請求権を取得した。

(2)  逸失利益

亡敏夫は死亡時一七才であつたから、その平均余命は五一・二〇年であり、死亡時は時計店々員として月収金一五、〇〇〇円の収入を得ていたので平均余命中は右相当額を得べきものとし、生存する場合の生活費を月給の五〇パーセントとして控除した右期間中の得べかりし利益から複式ホフマン式計算法により年五分の割合で中間利息を控除して右現価を算出した金二、二四八、五二六円のうち相続分(二分の一)にあたる金一、一二四、二六三円の賠償請求権を取得した。

(((15,000-15,000×0.5)×12×24.98363215=2,248,526(円)))

(3)  慰藉料

(イ) 原告は、昭和三六年肺結核のため右胸の整形手術をなし、爾来病弱なため一人子の敏夫をして自分の稼業である時計商の後継をさせることを唯一の楽しみとしていた。

(ロ) 亡敏夫も、中学校卒業後は名古屋の時計学校で自から勉学し時計商を継ぐ決意をしていたもので、性質温順、勤勉、健康で父である原告は同人の将来を嘱望していた。

(ハ) なお、原告と亡敏夫の母である訴外福沢清子は既に離婚しており、原告一人が亡敏夫養育した点を考慮すれば原告に対する慰謝料は金二、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(4)  葬祭費

亡敏夫の葬儀のために原告は金一〇〇、〇〇〇円を支出した。

(5)  弁護士費用

原告が本訴訟代理人たる弁護士に支払うべき費用は金一〇〇、〇〇〇円である。

以上合計金四、〇〇〇、一六三円が原告が被つた全損害である。

五、損益相殺

原告は次のとおり合計金一、四二五、九〇〇円の支払を受けた。

(1)  原告と訴外日本タクシーとの本件交通事故についての和解契約に基づく和解金として同タクシーより受けた金五〇〇、〇〇〇円。

(2)  原告および訴外福沢清子が亡敏夫の相続人として自賠法第一六条第一項に基き東京海上火災(大阪支店)より支払を受けた治療費金三五一、八〇〇円と死亡保険金金一、五〇〇、〇〇〇円の合計金一、八五一、八〇〇円の相続分(二分の一)にあたる金九二五、九〇〇円。

六、内金請求

よつて、原告は全損害額より既に支払を受けた額を損益相殺した残額金二、五七四、二六三円の内金として金一、〇三〇、〇〇〇円(内訳は、逸失利益金三三〇、〇〇〇円、慰謝料金五〇〇、〇〇〇円、葬祭費金一〇〇、〇〇〇円、弁護士費用金一〇〇、〇〇〇円)及びこれに対する被告に対し本訴状が送達された日の翌日である昭和四二年九月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一、請求原因一、二記載の事実は認める。

二、請求原因三記載の事実中、被告が事故車の運行供用者であることは認めるが、賠償責任の存することは否認する。

三、請求原因四記載の事実のうち治療費として金三五一、八〇〇円を要した事実は認めるがその余の事実は争う。

四、請求原因五記載の事実のうち原告主張の如く和解金および保険金合計二、三五一、八〇〇円が支払われた事実は認めるがその余の事実は争う。

(抗弁及び反対主張)

一、被告の免責の抗弁

(一)  本件事故につき事故車の運転手大島は無過失である。本件事故は左記のとおり亡敏夫の一方的過失により発生したものであり、被告は免責されるべきである。

(1) 訴外大島は本件事故現場において訴外日本タクシーと並んで信号待ちのため停車していたところ、信号が青になつたので両車とも発進した。

(2) しかるところ、亡敏夫が後方より原付自転車に乗り混雑した車の間をぬつてジグザグ運転をしながら進行して来て発進した訴外日本タクシーの前へ急に出て来たため、同タクシーの運転手はこれを避けきれず、左フロント部で接触し、その反動で亡敏夫は事故車の右後部タイヤ部に衝突、すべり込んで腹部を轢れたものである。

(3) 右のとおり、亡敏夫の運転は無謀運転で自殺行為にひとしく本件事故は運転手の通常の注意力では避けきれぬ不可抗力による事故である。よつて、被告には責任はない。

(二)  車両の機能、構造上の無欠

事故車は完全に整備されており、本件事故の原因となるべき機能、構造上の欠陥はなかつた。

二、過失相殺

仮に、訴外大島に何らかの過失があつたとしても、亡敏夫にも本件事故の発生につき前記の如き重大な過失があるから少くとも八割の過失相殺を主張する。なお仮に四割の過失相殺としても既に原告に対して支払われた後記損益相殺金で原告の被つた損害は充分填補され、むしろ過払となる。

三、損益相殺

原告の損害に対しては左の金員が支払われている。

<1>  自賠法による死亡保険金 金一、五〇〇、〇〇〇円

<2>  自賠法による治療費 金三五一、八〇〇〇円

<3>  和解による訴外日本タクシーの支払分 金五〇〇、〇〇〇円

<4>  調停成立による訴外日本タクシーの支払分 金三〇〇、〇〇〇円合計二、六五一、八〇〇円

よつて、原告の損害額より右金員を控除すべきである。

四、仮に被告の右の主張が認められないとしても、原告は、訴外日本タクシーに対し前記和解金以外の債務を免除しているところ、共同不法行為者の一人に対する免除の効果は絶対的効力を有すると解すべきであるから、本件における訴外日本タクシーに対する損害賠償義務の免除は被告にもその効果を及ぼすべきものであるから、被告に対する原告の本訴請求は失当である。

(抗弁及び反対主張に対する認否)

一、抗弁及び反対主張一記載の事実は否認する。本件事故現場は南北に通ずる国道一号線の交差点であり、亡敏夫は右国道を南進しようとしていたが、前方の信号が赤であつたので信号持ちのため停車、佇立していたものであり、その右側(南に向つて、以下同じ)には訴外日本タクシーが、左側には事故車が停車していたのである。

二、しかるに、訴外日本タクシーが青信信号により南進発車するに際し、不注意にも横に佇立していた亡敏夫に接触したため亡敏夫はハンドルをとられ転倒し、事故車の右後車輪で轢過されたものである。

三、亡敏夫が事故車の右後車輪で轢過されたのは、事故車の運転手大島が左斜め黄信号で発進したためと、側方の訴外日本タクシーと事故車の車間距離約三メートルの中を走行する亡敏夫がいることは明瞭であつたから、その位置状況により間隔をできるだけ維持し側方を徐行して通過すべきであるのにこれを怠つたためであり、同訴外人は無過失ではない。よつて、被告の免責の主張は理由がない。

四、抗弁及び反対主張二記載の過失相殺の主張について、

(一)  被害者の過失は慰謝料算定の斟酌事情であつて過失相殺の事由ではない。

被害者の過失は慰謝料算定につき斟酌すべき「諸般の事情」の一事由に外ならないものであるから、これを考慮して慰謝料を算定すべく、かつこれをもつて足り更に重ねて「過失相殺」すべきものではない。原告が実損より非常に少ない損害額を内金請求した理由は、被害者亡敏夫の過失を慰謝料算定につき考慮したためである。従つて重ねて過失相殺として金額を低減することは不条理である。

(二)  過失相殺の範囲について

被告主張の過失相殺はすべての範囲にわたつているが、過失相殺は必ずしも総ての損害に対してしなければならないものではない。少なくとも被害者の積極的損害(現実に支出を伴う費用で必要欠くべからざる費用、葬儀費、弁護士費用等)についてはこれを相殺すべきではない。

(三)  一部請求と過失相殺について

民法七二二条二項は七〇九条、七一〇条の例外規定で現実に生じた全損害からその過失の程度に応じた額を控除した残額の限度で賠償請求権が発生することを定めたものと解すべきである。原告の本訴請求も全損害額から発生すべき賠償請求権を本訴請求額の限度で行使するもので、その有無、数額の判断には全損害額が審判の範囲に入れられ、その額を基礎として被害者の過失を参酌さるべきである。

五、抗弁及び反対主張三記載の事実中、和解による訴外日本タクシー支払分の金五〇〇、〇〇〇円及び、自賠法による死亡保険金一、五〇〇、〇〇〇円、治療費三五一、八〇〇円のそれぞれの二分の一に当る金九二五、九〇〇円の合計一、四二五、九〇〇円を損益相殺すべきことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、調停成立による訴外日本タクシー支払分金三〇〇、〇〇〇円を原告の損益相殺に加算すべしと主張するが右金員は昭和四三年七月二五日大阪簡易裁判所昭和四三年(ノ)第二〇〇号損害賠償請求調停事件につき訴外福沢清子と訴外日本タクシーとの間で成立したものであつて原告との間に成立したものではないから右主張は失当である。

また、被告は、原告が訴外日本タクシーとの和解の結果取得した金五〇〇、〇〇〇円、訴外東京海上火災(大阪支店)より取得した、自賠法による死亡保険金金一、五〇〇、〇〇〇円及び治療費金三五一、八〇〇円の全部合計金二、三五一、八〇〇円を原告の損益相殺に加算すべきだと主張するが、損益相殺に加算すべき額は右金額中の和解金金五〇〇、〇〇〇円と金九二五、九〇〇円(内訳治療費金三五一、八〇〇円、保険金金一、五〇〇、〇〇〇円の相続分にあたる半額)の合計金一、四二五、九〇〇円である。残額は共同相続人たる訴外福沢清子に対して支払われた分である。

(証拠) 〔略〕

理由

一、本件事故発生

原告主張の日時場所において、亡敏夫が訴外日本タクシーに接触し転倒したところを事故車の右後車輪で轢過され、死亡した事実は当事者間に争いがない。

二、訴外大島の過失の有無

(一)  〔証拠略〕によると、本件事故現場は南北に属する車道幅員約一八メートルの国道一号線と東西に通ずる幅員約一一メートルの道路がほぼ直角に交わる交差点で、信号機が設備されており、国道一号線により南行車道と北行車道に区分されていたことが認められる。

(二)  しかるところ、〔証拠略〕によれば、事故車の運転手大島は、右国道一号線の南行車線を南進中、対面信号機の信号が赤になるのを認めて交差点北側の停止線付近に停止したものであり、その右(西)側中心線寄りには事故車との間に約一メートル位の間隔をあけて訴外日本タクシーが停止していたこと。右訴外日本タクシーの後方には四乃至五メートルの間隔をおいて訴外楠好晴運転の乗用車が、またその左(東)側すなわち事故車の後方には右楠の車と並んで小型乗用車が停止していたこと。事故車の運転手大島は、その後右交差点の東西方向の信号が黄色の終り日に近づいたところ自己の進路たる東西方向の信号が青になるのを予想して発進し、前記訴外日本タクシーはこれよりやや遅れて発進したこと一方、亡敏夫は事故車と前記小型乗用車の間を通り抜けて南進し、事故車と訴外日本タクシーの間に進出して来たものであるが、前記停止線より約四メートル位南の地点で、亡敏夫運転の原付自転車の後部に訴外日本タクシーの前部バンパーの左角付近が接触し、亡敏夫はその前方にいた事故車の右後車輪付近に転倒、これに轢過されて本件事故が発生したものであること等の事実が認められる。

(三)  右認定の事実に照らして考えるに、事故車の運転手大島としては、本来、自己の進路たる南進方向の信号が青になるのを確認してから発進すべきであるのにこれを怠たり、東西方向の黄信号の終りの頃すでに発進していたものであつて(証人大島の証言中、右認定に反する部分は丙第三号証と対比して措信し難く採用できない)、もし、同人において法規に従い進路前方の信号が青になつたのを確認してから発進しておれば、訴外日本タクシーと亡敏夫および事故車との相互の位置関係は本件事故当時のものとは当然変つていた筈であり、ひいては本件の如き事故の発生を見ずに済んだ可能性もないとはいいえないところである。少くとも本件にあらわれた限りでは右の如き可能性が無かつたと断定するに足りる証拠はなく、たやすく訴外大島が無過失であつたとは認め難い。

三、被告の責任

被告が事故車を所有し、訴外大島を雇傭してこれを運転させていたことは当事者間に争いがないところ、本件事故発生につき運転者たる訴外大島に運転上の過失がなかつたとは認められないことは上述のとおりであるから、その余の点の判断に及ぶまでもなく、被告は事故車の運行供用者として本件事故による原告の損害を賠償すべき義務を免れない(自賠法第三条)。

四、原告の被つた損害

〔証拠略〕によれば、原告および訴外福沢清子が亡敏夫の両親であり相続人であるところ、原告は、亡敏夫の治療費として支出した金三五一、八〇〇円のうち相続分(二分の一)にあたる金一七五、九〇〇円、逸失利益として、亡敏夫(当時一七才)の平均余命五一・二〇年の範囲内の就労可能年数四六年中月収一五、〇〇〇円を得べきものとし、生存する場合の生活費を月額一〇、〇〇〇円として控除した年間純益六〇、〇〇〇円を基礎として算出される右期間中の得べかりし利益から複式ホフマン式計算法により年五分の割合で中間利息を控除して算出した現価金一、四一一、八〇〇円(六〇、〇〇〇円×二三・五三=一、四一一、八〇〇円)のうち相続分(二分の一)にあたる金七〇五、九〇〇円、葬祭費として支出した金一〇〇、〇〇〇円、弁護士費用として原告が本訴訟代理人たる弁護士に支払うべき金一〇〇、〇〇〇円、亡敏夫の死亡により同人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料として相当な金二、〇〇〇、〇〇〇円、以上合計金三、一八一、八〇〇円の損害を被つたことが認められる。

五、過失相殺

(一)、本件事故発生の原因について原告にも過失があるとの被告の主張について判断するに、〔証拠略〕を総合すれば、事故車の後方から既に発進していた訴外日本タクシーと事故車の間へ進出して来た亡敏夫の運転は事故発生防止の見地からはそれ自体少なからず慎重さ、注意深さを欠いていたものというほかなく、前示事故の態様に照らせば五割の過失相殺は免れず、上記各損害の二分の一を減ずるのが相当である。

(二)、なお原告は、被害者の過失は慰謝料算定の斟酌事情であつて、過失相殺の事由ではないと主張するが、慰謝料の算定も被害者の過失を一応度外視してこれを行なうことが可能であり、その上で過失相殺による減額をするのが相当である。また、過失相殺は必ずしもすべての損害に対して同一割合でしなければならないものではないが、反面、すべての損害に対して同一割合の過失相殺をなすことも可能であるというべきであるから、この点に関する原告の主張もにわかに採用できない。よつて、原告が被告に対し賠償を求め得べきものは上記各損害の二分の一合計一、五九〇、九〇〇円となる。

六、損益相殺

原告は、治療費として金一七五、九〇〇円、死亡保険金一、五〇〇、〇〇〇円のうち金七五〇、〇〇〇円和解による訴外日本タクシーの支払分として金五〇〇、〇〇〇円の合計金一、四二五、九〇〇円の支払を受けたと自認するのであるが、証人福沢清子の証言によれば、自賠法による死亡保険金金一、五〇〇、〇〇〇円のうち少くとも、一、〇〇〇、〇〇〇円は原告において取得するものと認められるので、原告が取得すべき自賠法による保険金および訴外日本タクシー支払金の合計は金一、六七五、九〇〇円となり、他に特段の事由の主張、立証されない本件においてはこれを前記損害と損益相殺すべきものと認むべきである。

八、結論

以上のとおり、前示損害額合計金三、一八一、八〇〇円を過失相殺によりその五割を減じた金一、五九〇、九〇〇円より右損益相殺金一、六七五、九〇〇円を控除すべきものとすると、原告が本件事故により被つた損害は既に填補されているものというべく、原告の被告に対する本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないといわざるを得ない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上野茂)

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